2024年3月30日 星期六

昭和の“交通戦争”を彷彿 台湾の弱肉強食な交通事情


 半世紀遅れている台湾の交通事情

2023年に京都大学で交換留学していた際、「台湾の交通問題」をプレゼンテーションと期末レポートのテーマとして取り上げました。しかし、日本人の先生は、私がこのテーマに非常に強い関心を持ち、憤っている理由を理解するのが難しいようでした。

台湾の道路状況の深刻さは、現代の日本からは想像しにくいかもしれません。そのため、まずは簡単な比較からお伝えします。

台湾の5倍以上の人口を擁する日本ですが、2020年を境に、日本の交通事故死者数は台湾を下回りました。その年の死者数(事故後30日以内の死者数)は、日本は2839人、台湾は2972人で、人口比で見れば、日本は台湾の6分の1。仮に、台湾における交通事故の死亡率を日本の人口に当てはめれば、台湾では1万5千人以上もの犠牲が出ていることになります。

これは、交通事故の死者数が日清戦争の戦死者を上回る勢いで増加し、「交通戦争」が叫ばれた高度成長期の日本に匹敵する数字です。台湾のメディアや交通改革の提唱者たちも、台湾の状況を「交通戦争」という言葉でよく表現します。言い換えれば、それは台湾の交通安全対策が日本より50年以上も遅れている証左であるのです。


自動車やバイクで歩道や路肩が占領され、歩行者が車道を歩かざるを得ない状態が日常茶飯事となっている(筆者提供)


 歩道でバイクに道を譲る現実

台湾の交通事情が深刻な理由の1つは、基本的な交通インフラである「歩道」が、都市部を除いてほとんど存在しないことです。

かの司馬遼太郎氏は『街道をゆく 台湾紀行』の中で、「台湾は車優先です」という台湾の友人、老台北(蔡焜燦)の言葉を紹介しましたが、それから約30年後、台湾ルポライターの田中美帆氏がこのエピソードを引用しながら、いまだ改善されない台湾の深刻な交通事情を批判。台湾最大のネット掲示板で議論が起き、複数の台湾メディアでも報じられました。

また、2022年末にはアメリカのCNNが「歩行者の地獄」として台湾の道路状況を取り上げ、台湾の都市には共通の問題ーー歩道の欠如と一貫した歩行動線の不足があると指摘しています。

古い市街地では、民家の1階部分が「騎楼」(亭仔脚)と呼ばれる通行スペースになっていることは、多くの方がご存知でしょう。

日本統治時代から存在し、当時の植民地政府は騎楼に物品の堆積を禁止する通達を繰り返し出していました。しかし、所有権は個人に、使用権は公にあるという法的な曖昧さから、現在でも住民は通行スペースに私物を置き、地方政府(地方自治体)は積極的に取り締まらないどころか、騎楼を自動車やバイクの駐車スペースとして認めている地方政府が少なくありません。

そのため、バイクが我が物顔で走行し、私もよくバイクに道を譲るのを強いられます。段差や階段も多く、ベビーカーや車椅子利用者にとっても大きな問題です。


民家の1階部分が通行スペースになっている「騎楼」。写真のようにモノであふれたスペースにバイクが侵入してくるため、歩行者は気を抜けない(筆者提供)


 マイカー社会の暗黙の了解

交通事情が深刻なもう1つの理由は、公共交通機関の不足にあります。台湾最大の都市圏である台北都市圏や台中、高雄などを除いて、台湾には信頼できる公共交通機関がほとんどありません。鉄道が行き届かない地方が多く、鉄道の代替交通であるはずのバスも「1時間に1本」という地域が珍しくありません。

これらはすべて、台湾が自動車やバイクに過度に依存する「マイカー社会」であることの弊害といえるでしょう。

交通権思想の先駆者である湯川利和氏は、1968年の『マイカー亡国論』でアメリカ社会を観察し、マイカー社会が形成されれば公共交通はすぐに崩壊し、「公共交通のサービス品質が低下し、運行頻度が少なくなることで、人々がより一層マイカーに依存する」という悪循環が生じることを予見しました。

マイカーが増加すると、道路設計や法律などの社会システムが、車両とドライバーに有利に傾くようになります。前述の路肩や騎楼が歩行者のためではなく、車両とドライバーのためのものになっていることからも明らかです。

台湾の若者は「騎楼がある建物の1階部分を買えば駐車場が付いてくる」と冗談交じりに話すことがあります。これは、台湾に長年にわたって存在する暗黙の了解です。

しかも、その暗黙の了解を破ろうとすれば「民意」、すなわち選挙時の票を失いかねません。現在、自動車とバイクをあわせたマイカーの所有率は98.8%(うち自動車は36.7%)にも上るため、議員や政府は大胆な交通改革を行うことが難しいのです。

このような現状を、台湾のある交通改革提唱者は「弱肉強食のジャングル」と称しました。歩行者もドライバーもすべての道路利用者が争い合い、重く、大きく、車輪が多い者が勝ち、弱い者(歩行者)は飲み込まれる。自ら強者を避けなければ自己責任とされ、非業の死を遂げることもあるのです。


(前編2024年2月27日發布於The News Lens Japan


-

 交通問題への怒りや不満が噴き出しデモ拡大

歩行者は強者(自動車やバイク)を避けなければ自己責任とされ、非業の死を遂げることもある台湾の深刻な交通事情。法律は、たとえ信号がなくても、車は横断歩道を通る際に速度を落とし、歩行者に道を譲るべきと定めているものの、実際は運転免許の試験で特に注意されることもなく、警察の取り締まりもないのが実情で、衝撃的な交通事故が後を絶ちません。

昨年2023年5月には、台南市北区で母親と3歳の娘が、妊婦が運転する車にひかれ、母親が重症を負い、娘が亡くなりました。この事件は台湾社会に大きな悲しみと怒りをもたらし、それまで人々の間にたまっていた交通問題に対する怒りや不満が一気に噴き出しました。

事件後まもなく「行人安全大富翁(歩行者安全のモノポリー)」と名付けられたフラッシュモブ形式のデモが台湾各地ーー台北、新北、桃園、新竹、台中、台南、高雄などで、少なくとも数十人、多いところでは数百人が参加して行われました。

デモの参加者は、女の子が亡くなってから7日目であり「母の日」でもあった5月12日に、黒い服を着て白い包帯を腕に巻き、カーネーションと「馬路上的冤魂,我們沒有遺忘(道路上の怨霊、我々は忘れていない)」という標語を手に持って、「還路於民,終結行人地獄!(道路を市民に返せ、歩行者地獄に終止符を!)」と叫びました。

2023年8月には、台湾で初めて「行人権利(歩行者の権利)」を主題とするデモ「還路於民(道路を市民に返せ/Stop Killing Pedestrians)」が台北市の総統府前で行われました。

政府への主な要求は次の5つです。

 ①歩行者インフラの改善

 ②ドライバーの教育改革

 ③法執行による歩行者権利の強化

 ④交通法制の再構築

 ⑤台湾「ビジョン・ゼロ」(2040年までに歩行者の交通事故死亡者数をゼロにする提案)の実現

王国材交通部長(交通相)はステージ上で参加者に向けて謝罪。今年1月の総統選挙に立候補を予定していた当時の候補者4人、すなわち台湾の主要政党のリーダーたちも現場を訪れ、約束書に署名しました。


デモ当日は大雨だったにもかかわらず多くの市民が参加。障害を持つ人々、高齢者、子どもたちが交通事故の犠牲者とならないように声を上げた=2023年8月20日、台北市

市内をデモ行進する子どもたち=2023年8月20日、台北市


車椅子の参加者も=2023年8月20日、台北市

デモ後には交通安全と歩行者の権利に関心を持つ人々による「還路於民行人路權促進會(歩行者権利推進協会)」が設立され、交通問題への市民の意識をより長期的に促進し、政府の政策に影響を与える活動が始まりました。

幸運にも私も一員になることができた当協会の会員には、さまざまな専門分野を持った人や留学経験がある人が集まり、多くの「交通災害」の遺族も含まれています。

私たちは、交通事故を「人為的に引き起こされた災害」とみなし、簡単すぎる運転免許試験や非科学的な道路設計、行政機関の怠慢な態度などを問題として、これ以上の悲劇を生まないことを目的に活動しています。


総統府前、東門を背にして記念撮影するデモ参加者たち=2023年8月20日、台北市

 中学生が描いた〝歩行者の絵〟がネットで炎上

市民の声を受けて、2023年12月、台湾政府は日本の「交通安全対策基本法」を参考に「道路交通安全基本法」を立法院(国会)で可決し、2024年1月から施行しました。私や協会員は「行人安全設施条例」の公聴会に参加し、法案に対する意見を提出しました。こうした一連のやり取りからは、交通改革に対する政府の積極的な姿勢を感じています。

ただし、車優位の台湾社会において大きな変化はまだ実感できません。2023年12月には、桃園市の中学生が描いた「帝王条款」という題名の絵画が、全国的な美術展で特優賞を受賞し、ネット上には賛否両論があふれました。

作品は、バスやトラック、自家用車やバイクの運転手がクラクションを鳴らしたり大声を上げているにもかかわらず、それを無視した歩行者=皇帝が、亀を引きながら傲慢な態度でゆっくりと横断歩道を渡っているところを描いたものです。

この絵に対してネット上では「歩行者の当然の権利を風刺するのは学校教育に問題があるのでは」という非難が上がった一方、「ゆっくり歩き、車両に無頓着な歩行者の傲慢さを表している」と評する声も多く上がりました。

台湾のメディアは、横断歩道上の歩行者に絶対的な優先権があることを揶揄し、歩行者保護に関連する法律を「帝王条款」と、しばしば皮肉ります。

私はこの騒動を見て、交通弱者への配慮がなく、人も車も平等であり、互いに尊重するべきだと考えている多くの台湾人の深刻な症状の現れと感じました。


 メディアも結託し、市民の通報制度を機能不全に

政府の態度もダブルスタンダードと言わざるを得ません。「道路交通安全基本法」や「行人安全設施条例」の立法に取り組む一方で、歩車分離式信号機の導入や交差点のスクランブル化、道路設計や規則の変更といった安全対策はなされず、交通違反の点数制の実施を一時的に延期。自動車のフロントガラスの透過率規定の実施も延期しているため、街中を走る多くの車のガラスは真っ黒です。

また、市民が車やバイクの運転手の違法行為を撮影し、公的機関のウェブサイトに写真や動画をアップロードすることで、警察がその違法性を判断する「交通検挙制度」の適用範囲も制限されました。

通報者が交通違反の当事者から暴力のリスクに晒されることもあるこの制度は、たとえ勇気をもって通報したとしても「証拠不十分」とされるケースが多々あります。

加えて、台湾のメディアも違反を摘発する市民を「法的手段を使って社会に復讐している」としばしば攻撃するため、不十分ながらも存在していた通報制度が機能不全に陥っているのが現状です。

責任ある政府ならば、いわゆる「交通3E」(運転免許の厳格な管理、道路の科学的な設計、違反行為の厳格な取り締まり)を実施し、規範を守るドライバーを増やし、違反者を減らすものですが、台湾ではその逆が平然と行われているのです。


 日本は学ぶべき模範、台湾はどう交通戦争に勝利できるか

今回、交通権学会の上岡直見先生からこの原稿を書く機会をいただきましたが、これまで書いてきたように、残念ながら台湾社会はまだ「交通権」の意識から遠く離れていると感じます。最も基本的な「人身安全」(死傷を免れる消極的権利)の保障すらできておらず、交通は「自由で快適な移動を享受する積極的権利」として捉えられ、歩行者が「交通権」を求めることはさらに遠い話です。

2023年夏に留学先の京都大学を離れる前、京都大学図書館の地下室で1986年に交通権学会が出版した『交通権』という書籍を見つけ、非常に感銘を受けました。

2024年の台湾がいまだマイカー社会に苦しんでいる一方で、日本は40年近くも前に「交通は基本的権利である」という概念を発展させていました。さらに遡ること1968年には、湯川利和先生が「マイカー社会は地獄への道」と警鐘を鳴らしていました。

留学中、日本の専門家が「日本はクルマ社会だ」と批判するのを聞き、驚いたことがあります。台湾人の私からみると、歩行者環境と公共交通機関が比較的整っている日本は学ぶべき模範です。日本は「交通戦争」と呼ばれた時代から時間をかけて、より人間的で幸福な生活環境を実現したと感じます。

それでもなお専門家が「不十分」だと現状を批判していることこそが、日本の交通環境を持続的に前進させているのでしょう。マイカー地獄からどう脱出するのか、交通戦争にどう勝利するのかーー台湾社会も自らの立ち位置を認識し、より安全で、自由で、幸福な国になることを願っています。


(前編2024年3月21日發布於The News Lens Japan

沒有留言:

張貼留言